大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)457号 判決

原告

向津弘

被告

桜井四郎

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し、金一六、七五二、五六七円及び之に対する昭和四五年六月一日以降支払済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告桜井一郎(被告一郎という)は、昭和四二年五月二八日午前六時四〇分頃、茅ケ崎市南湘四丁目二二番六四号先南湘交差点、通称湘南遊歩道路上を、平塚方面から江之島方面に向け、道路左端をモーターバイク(原告車という)にて進行中の原告の右斜後方より、トヨペツトクラウン六四年型普通乗用自動車(被告車という)を運転して追い越しざまに前方へ割込み急停車したため、原告は之を避けられず、被告車の後部左端バンバーに接触して転倒し重傷を負つた。

二、右交通事故は、被告一郎の前方注視義務違反、安全運転義務違反の過失により惹起したものであるから、被告一郎は不法行為責任に基づき、被告桜井四郎(被告一郎の父、被告四郎という)は被告車の保有者であり、かつ、被告一郎に被告車を運転してドライブを許可したことにより、自動車損害賠償保障法(自賠法という)上の責任に基づき、それぞれ原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三、ところで、本件交通事故によつて原告が被つた負傷の程度及び後遺症の程度は左記のとおりである。

原告は、本件交通事故により、右脛骨骨折及腓首小頭骨折、右足示指挫創、末節切断の傷害を負い、直ちに附近の小沢整形外科病院に収容され、治療を受け、昭和四二年五月二八日の本件交通事故当日より同年六月九日迄一三日間入院した。但し、退院は病室が満床のため、病院側の都合により強制的に退院させられたもので、本来は入院加療を必要とするものであつた。ところが、今日に至る迄治療を続けているが、右足の屈伸が完全に出来ず、従つて正常な歩行が困難で所謂ビツコをひく状態が固定化されてしまつている。

四、原告はこのように重傷を負つたが、被告一郎が二〇才の早稲田大学の学生であつて、原告の後輩に当り、かつ、本件交通事故当日、湘南方面の海岸に仲間の学生とドライブ旁々海水浴に来ていたこと、又、原告は五二才であり、二五才を頭に、被告一郎と同年輩の子供を四人もつていることから、自己の重傷を顧みず、逆に被告一郎に慰めの言葉をかけて帰したような次第であつた。そして、本件交通事故の翌日には、被告一郎の母親も見舞に来たが、原告は之に対しても同様、逆に慰めたほどであつた。

然るに、本件交通事故から三日目、被告一郎の母親より電話があり、その言うところによれば、「原告は、被告車に勝手にぶつかつたものであつて、被告側には何等の過失もなく、従つて、一文も支払う意思はない。何か文句があるなら電話を貫いたい。」という、以前とは打つて変つた高圧的な態度に出て来た。それ以来、被告らは原告に対し一片の誠意も見せず、原告から話し合いの機会を提供したが之を黙殺し、今日に及んでいる。

五、損害

1  治療費等

原告は、治療費として小沢整形外科に金二九二、六六〇円及び右以外に金二九九、二二〇円合計金五九一、八八〇円を支出した。

2  得べかりし利益の喪失による損害

(一)  原告は、昭和四一年四月二三日倒産迄東京資材株式会社に勤務し、総務次長の職にあつたもので、その当時年額税込み約金二、〇〇〇、〇〇〇円余の収入を得ていたが、右会社が昭和四一年四月倒産したので、その残務整理に当つていた。

(二)  ところが、昭和四二年一月三一日をもつてそれを漸く終了したので、昭和四二年五月二九日から八洲運輸株式会社に月額金一二九、〇〇〇円の給与で就職が決定していたが、本件受傷のため、昭和四二年五月二九日以降同四三年三月三一日迄の一〇ケ月間稼働不能によつて右給与相当額金一、二九〇、〇〇〇円の損失を被つた。

(三)  原告はその後も稼働不能の状態がつづき、昭和四三年四月一日から同年一二月三一日までの九ケ月間、右給与相当額の金一、一六一、〇〇〇円の損失を被つた。

(四)  昭和四四年一月一日ないし同四五年五月末迄の一七ケ月間は、訴外日本綜合調査研究所に勤務して、合計金八三一、六〇〇円の収入を得た。

ところで、原告は本件受傷がなければ、訴外八洲運輸株式会社に勤務して、月額金一二九、〇〇〇円で一七ケ月総合計金二、一九三、〇〇〇円の収入を得たはずである。従つて、この差額金一、三六一、四〇〇円は本件受傷によつて原告が被つた損失である。

(五)  昭和四五年六月の時点において、原告は満五六才であるが、昭和三〇年一〇月一日現在の第一〇回生命表によれば、その平均余命は一七・八年である。

原告は、爾後一〇年間稼働可能であるところ、訴外八洲運輸株式会社に勤務すれば、年間金一、五四八、〇〇〇円(月額金一二九、〇〇〇円)の収入が得られたのに、訴外日本綜合調査研究所の収入は、昭和四四年六月一日ないし同四五年五月三一日迄の一年間に金六〇三、一〇〇円であり、その差額金九四四、九〇〇円は本件交通事故により原告の被つた損失である。しかして、一〇年間のホフマン式係数は、九・七七七であり、従つて、原告が昭和四五年六月一日以降稼働可能の一〇年間に喪失した得べかりし利益は、金九、二三八、二八七円となる。

3  慰藉料

原告は前述のとおりの重傷を負い、更に歩行という最も重要な動作に後遺症を残し、労働能力は勿論、日常の起居振舞にも多大の不便と苦痛とを感じている。しかも、被告側では事故後、三日目重傷で呻吟している原告に対し、事故発生の原因は原告にあり、被告側では一切責任を負わない旨、原告の感情を全く踏みつけるが如き非常識な態度を示し、以来今日迄その不誠実な態度をかたくなに変えようとしない。このような事情を考えれば、本件交通事故による原告の精神的肉体的苦痛を慰藉するには金四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

4  損益相殺

原告は、本件交通事故による損害に対して、自賠法に基づき金八九〇、〇〇〇円の補償金を受けているので、これを慰藉料の内金に充当する。

六、以上により被告らは原告に対し各自金一六、七五二、五六七円及び之に対する昭和四五年六月一日以降支払済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実について次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実中、「被告一郎が昭和四二年五月二八日午前六時四〇分頃、茅ケ崎市南湘四丁目二二番六四号先南湘交差点、通称湘南遊歩道路上を、被告車を運転し、平塚方面から江之島方面に向け原告車で進行中の原告が、被告車の後部バンバーに接触して転倒し、傷を負つたこと」は認めるが、その余は争う。

二、同第二項の事実中、「被告四郎は、被告車の保有者であり、かつ、被告一郎に被告車を運転してドライブを許可した」ことは認めるが、その余は争う。

三、同第三項の事実中、「本件交通事故の発生後、原告が附近の小沢整形外科病院に収容され治療を受けたこと」は認めるが、その余は争う。

四、同第四項の事実中、「被告一郎が二〇才の早稲田大学の学生であつて、原告の後輩にあたり、かつ、本件交通事故当日湘南方面の海岸に仲間の学生とドライブ旁々海水浴に来ていたことは認めるがその余は争う。

五、同第五項の事実中、原告が自賠法に基づき金八九〇、〇〇〇円の補償金を受けていることは認めるが、その余は争う。

六、本件交通事故につき、被告一郎は被告車の運行に関し、注意を怠らず、かつ、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものであつて、本件交通事故はもつぱら被害者である原告の、交差点における徐行停止義務違反、前方注視義務違反の過失により発生したものであるから、被告らは本件交通事故につき、なんらこれが損害を賠償する責任はない。

七、しかしながら、仮に、被告一郎に、本件交通事故発生につきなんらかの過失があつたとしても、原告には前述の如く重大な過失があるものであるから、右の過失は、被告らの損害賠償の範囲を定めるについて当然に斟酌されるべきものである。すなわち、本件の路面はアスフアルトで舗装され、平担でかつ乾燥していた。

原告車は、二・七米の制動をもつてしてもなお停止できなかつたのであるから、原告車は制動以前において、最低でも時速二五粁以上の速度があつたことは明らかであり、実際は時速五〇乃至七〇粁の速度があつたものと推定される。

このように、当時黄色の点滅信号がついていた交差点を、無謀ともいえるスピードで通過しようとした原告には、徐行停止義務違反、前方注視義務違反などの重大な過失があるから、その過失は当然に斟酌されなければならない。

因みに、被告車は発進した後交差点を通過してから停止するつもりであつたから、その速度はせいぜい時速一五乃至二〇粁程度に過ぎず、したがつて、右の原告車のスピードから鑑みて交差点内において被告車が原告車を追い抜くことはできないことである。〔証拠関係略〕

理由

一、被告一郎が、原告主張の日時場所において、被告車を運転して平塚方面から江之島方面に向つて停車した際、同方面に進行中の原告車が、被告車の後部バンバーに接触して転倒し、ために原告が負傷したことは当事者間に争いがない。

二、被告一郎の過失について検討する。

1  本件道路交差点の状況

検証の結果によると、本件交通事故の現場附近は、江之島方面より平塚方面に至るほぼ東西に通ずる道路(湘南遊歩道路という、歩車道にわかれ、全幅員一一米、路面は平垣でアスフアルトで舗装され見とおしがよい。)と茅ケ崎海岸方面より茅ケ崎駅方面に至るほぼ南北に通ずる道路(幅員約八・九米、簡易舗装で海岸に向つて下り勾配となつている。)との交差点となつている。本件交差点には、信号機が四箇所に設置され、湖南遊歩道路には、センターライン、横断歩道(二箇所)、停止線が描かれている。

2  本件交通事故の態様

〔証拠略〕によると次の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用することができないし、その他これを覆えすに足る証拠もない。

本件交通事故発生当時、湘南遊歩道路の信号機は黄色の点滅信号を表示しており、路面は乾燥していた。

被告一郎は、被告車に訴外小徳信吾と同田中克巳を同乗させて、江之島方面から平塚方面に向つて湘南遊歩道路を進行していた。

ところが、被告一郎が、本件交差点にさしかかつた際、転回を企て、本件交差点を左折し、一たん停車して右同乗の訴外人らを降車させ、更にバツクしながら平塚方面に向けて右折し江之島方面に向きを変えた。

そして、被告一郎は、窓から肘を出して顔が窓にさしかかるくらいの位置で後方の平塚方面に振り向き安全を確認したが、原告車の存在には気がつかなかつた。

そのとき、交通整理のためセンターライン附近に立つていた訴外小徳信吾が、平塚方面の安全を確認していたが、これまた原告車の存在に気づかず、オーライと合図したので、被告一郎は、時速一五粁の速度で発進し、そのままの速度で本件交差点を、南西から北東に斜に横切るようにして約三〇米前進し、車道の左側(本件交差点を約一〇米すぎた地点)で、右訴外人らを同乗させるため停止した瞬間(勿論、本件交差点で原告車を追抜いてはいない。)、後方から走行してきた原告車が被告車の後部左側へ追突して転倒した。

3  自動車の運転者たる者は、本件のように、対向車線に入るため、方向を転回したような場合には、後方からくる車両による追突を避けるため、後方を注視して十分な車間距離をとり、その安全を確かめた上で、対向車線に進入する義務があるところ、右認定によると、被告一郎は右の注意義務を怠り、原告車の存在に気づかないまま発進して対向車線に進入し、本件追突事故を発生させたものであるから、これに過失のあることは否定することはできない。

三、被告らの責任

被告一郎は、被告車運転上の過失に基づいて本件交通事故を惹起したものであるから、不法行為者として、民法第七〇九条により損害を賠償しなければならない。

被告四郎が、被告車の保有者であり、かつ、被告一郎に被告車を運転してドライブすることを許可したことは当事者間に争いがない。被告四郎は、被告車に対する運行支配を失つていないから、自賠法第三条の運行供用者として原告の被つた損害を賠償する責任がある。

四、損害

1  治療費

〔証拠略〕によると、原告は、小沢整形外科に治療費として金二九二、六六〇円を支出したことが認められる。

原告は、右治療費以外の積極的損害として、金二九九、二二〇円を支出したと主張するが、立証がないので認容することはできない。

2  得べかりし利益の喪失による損害

(一)  休業損

〔証拠略〕によると、原告は、昭和四二年五月二九日付をもつて、八洲運輸株式会社の渉外部勤務に採用され、毎月給料として、金一二九、〇〇〇円の支給を受けることになつていたこと、原告は、本件交通事故による負傷のため、受傷の日の翌日である昭和四二年五月二九日から治ゆした同年一一月六日まで一六二日間(五ケ月分と三分の一ケ月として計算する)加療のため休業せざるを得なかつたことが認められる。そうすると、右休業期間の得べかりし利益は金六八八、〇〇〇円である。

(二)  労働能力喪失による得べかりし利益

〔証拠略〕によると、原告は大正三年五月二八日に出生し、後遺症の内容、労働者災害補償保険の級別は、右膝関節屈伸制限(一二級)、右示指示節欠損(一三級)であることが認められる。

そうすると、原告は昭和四二年一一月六日当時五三才であるから、就労可能年数は一〇年でホフマン式計算による係数は七・九四五である。

原告の後遺障害の等級は一二級と一三級であるから重い後遺障害の該当する一二級の一級上級の一一級として労働能力喪失率を勘案すると、その喪失率は一〇〇分の二〇となる。

よつて、労働能力喪失による得べかりし利益は、

(金129,000円×12ケ月×0.2×7.945-金2,459,772円)

金二、四五九、七七二円となる。

(三)  過失相殺

〔証拠略〕を綜合すると、原告は原告車を運転して、湘南遊歩道路を時速約三〇粁で進行していたところ、本件交差点に差しかかり、信号機が黄色の点滅を表示していたので、僅かばかり減速したのみで、前方の注視を怠り、漫然進行を続けたため、被告車を数米前にようやく発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したことが認められる。

信号機が、黄色の点滅を表示している場合は、他の交通に注意して進行すべき注意義務がある。ところが、原告は右認定のとおり、前方注視をすれば容易に衝突を避けることができるにかかわらず、これを怠り、漫然と進行を続けたものであるから、これが過失は重大であると云わなければならない。

よつて、原告と被告一郎との過失の割合を比べると、原告八割、被告一郎二割とするのが相当である。

しかして、以上の相害額の合計は金三、四四〇、四三二円であるから、これから八割の額を控除すると金六八八、〇八六円(円以下切捨)となる。

(四)  慰藉料

本件交通事故の原告、態様、負傷の部位程度、治療経過、後遺障害、過失割合その他諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料の額は金一六〇、二〇〇円を以て相当とする。

(五)  損益相殺

原告が、自賠法に基づいて金八九〇、〇〇〇円の金員を受領していることは当事者間に争いがない。

しかして、原告の損害賠償請求権の合計金額は、金八四八、二八六円となるから、原告はすでに自賠法による右金八九〇、〇〇〇円によつてその支払をうけているものと言うべきである。

五、結論

そうすると、原告の本訴請求は、爾余の点を判断する迄もなくその理由がないこと明らかであるから、これを棄却する。訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例